アーティスト島津冬樹は、まだ見ぬ“段ボール”を求めて世界を飛び回る。
肩書きを聞いてもどんな仕事をしているのかよくわからない人たちのリアルなお金事情を探ろうという連載企画「ところで、どうやって稼いでいるんですか?」。今回登場するのは、段ボールアーティストの島津冬樹さん。まだ見ぬ段ボールを探して世界中を飛び回っているという島津さんの稼ぎ方について尋ねました。
島津冬樹(しまづ・ふゆき)|アーティスト。1987年神奈川県生まれ。2012年に多摩美術大学情報デザイン学科を卒業。広告代理店を経て、2015年にアーティストへ転向。大学生のときに財布を買うお金がなく、段ボールでつくったことをきっかけに活動をはじめる。2009年からはプロジェクト「
好きを突き詰めたらアーティストになっていた**
——島津さんは現在、段ボールアーティストとして活動されていますが、収入源はどこから得ているのでしょうか?
おかげさまで1年くらい前から少しずつ注目していただけるようになって、現在はアーティスト活動だけで暮らしています。それまではフリーランスのデザイナーとして受諾案件もやりながら生計を立てていました。
——段ボールアーティストの活動としてどんなことをやっているんですか?
活動の中心は段ボールを利用した創作活動なんですけど、エッセイを書いたり、本をつくったりといろんなことをしています。あと、最近はタイアップも増えましたね。
——それにしても、アーティスト活動だけで暮らせるのはすごいことですよね。
とにかく好きを突き詰めていっただけというか。やり続けていった結果、生活できるようになっていましたね。もともと広告代理店で3年半ほど働いてからフリーランスになったのですが、すぐにアーティスト活動一本に絞らなかったのが良かったと思います。最低限の生活を確保しながら活動できたので。
——段ボール一本で生きていくようになって、お金に対する価値観は変わりましたか?
フリーランスになってすぐの頃は税金とかもあってすごく大変でしたが、お金の使い方を理解するようになってからは今まで以上に使うようになりました。
——“お金を使うようになった”というのは面白いですね。
でも、単純にお金を浪費するようになったわけではなくて。例えば、海外に行くにしても「段ボールを回収する」という名目があれば経費になるんですよ。だから、活動のためのお金を惜しまなくなったという感覚に近いと思います。
ご当地段ボールを求めて世界中を飛び回る生活
——海外に行く際には、どんな基準で行き先を決めるんですか?
なるべく行ったことのない国へ行きたいのですが、最近は言語がひとつの基準になっていますね。
——言語? 英語が話せるか、とかですか?
いえ、国ごとに段ボールに書かれている言葉が違うんです。アメリカだと英語だし、中国だと中国語だし。
——なるほど!
トルコ語で書かれたトルコアイスのコーンの段ボールなんかはすごくおもしろかったですね。そうやってローカルな段ボールを見つけると嬉しくなるんです。今後は南米とか中央アジアとかにも行きたいと思っています。
——国ごとに段ボール自体の特徴も違うんですか?
段ボールの再生率によって質が変わってくるんですね。日本の段ボールって柔らかいものが多いじゃないですか。これがアメリカになると木材チップが使われているから硬かったりします。あとインドは回収率にばらつきがあるのか、段ボールが粗悪でカサカサしてるんですよね。
——変わった段ボールもたくさんありそうですね。
構造自体はそんなに変わらないんですけど、農業大国は野菜の段ボールが多いとか、他の国からの輸出に頼っているとか、いろいろ見えてくるんですよ。
——レアものの段ボールとかもあるんですか?
個人的にはあります。シリアの難民支援で使われた段ボールをブルガリアで入手したのですが、もう手に入らなそうなので貴重ですね。僕の中では宝物になっています。
——海外へはどのくらいの頻度で行かれているんですか?
定期的に行こうと決めているわけではないんですが、最近は年間5カ国以上は行っています。今年はすでに8カ国巡りましたね。今月もタイに行く予定です。でも、観光は全然してなくて。ひたすら段ボールを求めて1週間くらい街を徘徊するストイックな旅です(笑)。
——そこまでして海外へ行くのは、どうしてなんでしょう?
やっぱりまだ見ぬデザインの段ボールに巡り会いたいんだと思います。段ボールの図鑑って世の中にないじゃないですか。だから、どこにどんなものが落ちているかわからない。それを開拓していきたいんでしょうね。
“手に入れたい”という気持ちに値段は関係ない
——海外への渡航費以外でお金を使う部分ってありますか?
最近は財布以外にもテーブルをつくったりしているので、その備品を購入するのにお金を使っています。あとファッションが好きで。「RIMOWA」の透明のキャリケースが限定で発売されたときは、オークションで倍以上のお金を出して買ってしまいました。
——金額は気にしないタイプですか?
そうですね。本当にほしくてお金を出したものって、大切に使うじゃないですか。反対に段ボールなんかはお金をかけずに拾っているわけですけど、すごくほしいから海外にまで赴いて入手しているわけですし。
——RIMOWAも段ボールも“本当にほしいもの”という点では同等に扱っているわけですね。
はい。今乗っているフォルックスワーゲンは車体価格30万円くらいで入手したんですけど、新しい車とは違ってすごくガタガタで定期的に修理しながら乗っています。でも、そういう不便があっても付き合いたいと思えるから使っているわけで。段ボールにしても、どこで拾ったもので、どんな意味の言葉が書かれているのかっていうストーリーがあることで価値が生まれるんですよね。
——希少なものだとなかなか使えなさそうですね。
そうですね。世の中にある商品ならどこかで巡り会えるかもしれないですけど、段ボールは二度と手に入れられないかもしれません。そう思うと、段ボールの方がもったいない気がして不思議です(笑)。実際、アトリエにあるほとんどの段ボールは、レアなものが多くてなかなか使う勇気が出なません。そういうストーリーが生まれるからこそ、自分で拾いにいくことに意味があるんだと思います。
——そうしたストーリーが価値として価格にも反映されているんでしょうか。
はい。やっぱり貴重な段ボールから財布をつくるのはすごく大変なんだという思いを値段に込めていますね。
いつか100カ国を巡って「段ボールミュージアム」をつくりたい
——段ボールアーティストとしての活動も今年で10年を迎えるわけですが、今だからこそ見えてきたこともありますか?
「段ボールの概念を変える」という思いから、途中で「不要なものから大切なものへ」というコンセプトが見えてきました。「段ボールでもこんな使い方ができるならほしい」って感じてほしいんですよ。よくワークショップを開催するのですが、たまに段ボールを拾うところからスタートすると、みなさんまるで宝物のように探していて。捨てるはずだったものに価値が生まれるのって、なんかすごく良いなって思うんですよね。
——これからはどのように活動していく予定ですか?
最近は財布だけじゃなく、家具もつくったりしているので、それをさらに拡張してカッコいい家とかつくってみたいですね。あと「段ボールミュージアム」というものを構想していて。コレクションとして持っている各国のレアな段ボールをお披露目できたらいいなって。その頃には100カ国くらいの段ボールを集められると良いなと思います。
——楽しそうですね。開催されたらぜひ行きたいです。
でも、お金がなくなって、3年後には本当に段ボールの家で生活しているかもしれないですけどね(笑)。
文:すみたたかひろ 編集:ペイミーくんマガジン編集部 撮影:玉村敬太