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煩悩クリエイター・稲田ズイキは、修行と出家を経て、愛と死のエンタメ集団を創造する。

肩書きを聞いてもどんな仕事をしているのかよくわからない人たちのリアルなお金事情を探ろうという連載企画「ところで、どうやって稼いでいるんですか?」。第5弾として登場するのは、“煩悩クリエイター”こと稲田ズイキさん。京都のお寺に生まれ、現在は副住職ながらもお寺に定住せず、新たな僧尼の在り方を模索しています。“煩悩クリエイター”としてのお金の稼ぎ方とともに話を伺いました。

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稲田ズイキ(いなだ・ずいき)|僧侶。1992年京都府生まれ。同志社大学卒。同大学院法学研究科を中退後、デジタルエージェンシーのインフォバーンに入社。2018年に独立し、現在は寺に定住せず“煩悩タップリ”な企画を作る「煩悩クリエイター」として活動。集英社よみタイや幻冬舎plusでコラム連載などの文筆業のかたわら、お寺ミュージカル映画祭「テ・ラ・ランド」や失恋浄化バー「失恋供養」、煩悩浄化トークイベント「煩悩ナイト」などのリアルイベントも企画。

実家はお寺。エンタメとは真逆の世界

——稲田さんは、実家がお寺で?

はい。実家は京都の久御山町にあるお寺で、父が住職。僕は副住職です。自分が継げば41代目なので、歴史のあるお寺ですね。

——とはいえ、基本的には稲田さんがお寺を継ぐんですよね?

実は兄がいるんですけど、「理系だから仏教とか関係ない」と早いタイミングで継がない宣言をしていて。親からも「あなたの方が向いているんじゃない」と言われていたので、軽い気持ちで「継ぐよ」と言ってたんです。けど、大学生になって修行に入るタイミングでやっぱり嫌だなと(笑)。小さい頃から映画とかアニメとかアイドルが好きで、住職ってそんな楽しくてキラキラしたエンタメ領域とは真逆の世界にあるやん、と思って。坊主だし。

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——修行ってどんな感じなんですか?

僕がやった修行だと、90日間くらい。全国からいろんな世代の修行僧が集まって、およそ2週間ずつ5回に分けて合宿形式で行われました。ただ、僕はどうもやる気が起きなくて。筆記試験でお経の穴埋めがあったんですけど、わからない部分で大喜利みたいな回答を悪気なくしたところ、それを見た指導員の先生方に呼び出されてめっちゃ怒られた記憶があります。

——当時からクリエイションを発揮していたんですね(笑)。でも、修行は完了したんですよね?

はい。無事に修行を終えると、「教師」という資格がもらえて、さらには名前も変わったりします。僕の場合は、ミズキ(瑞規)という本名からズイキと読み方が変わりました。それと同時に、「蓮社号(れんじゃごう)」と「誉号(よごう)」という僧侶特有の名前も授かるのですが、自分で自由に名前をつけることができるんです。僕は「レンジャ」という響きからすぐに戦隊モノが浮かんで「覚蓮社(かくれんじゃ)忍誉(にんよ)」とつけたんですけど、これまた父親に怒られて。「僧侶をなめてんのか」と。今では若気の至りだったなと思っているんですけど。

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修行を経た僧侶としては異例のタイプ

——それは怒られますよ(笑)。ちなみに、資格を得た僧侶ってそのあとはどうするんですか?

大抵の場合、どこかの寺に入って寺院を運営していくか、どこの寺にも属さず、呼ばれたら法事を行う「マンション坊主」になるかですね。

——稲田さんは?

それでいうと、僕は実家の寺に入っているけど法務をしているわけではないので、どちらにも当てはまらないです。普段の法務は父親だけで十分に運営できるから、お盆の繁忙期以外に僕の必要性ってそんなにないんです。とはいえ、仏教は好きなので、僧侶という立場で何かできないかなと。それでちょうど会社を辞めたタイミングで“煩悩クリエイター”を名乗って文章を書いたり、動画に出たり、イベントを企画するようになりました。

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——そういえば、猥談バーを経営している佐伯ポインティさんとYouTubeに出てましたね。そういう意味ではけっこう自由に活動できる気がするのですが、僧侶としてやってはいけないことはないんですか?

「戒」というものがあって、お酒を飲んじゃいけないとか、不道徳な性行為をしてはいけないとか、いろいろあるんです。でも、戒には罰則規定はなく、自律的な精神がよしとされる、あくまでも道徳的規範なので、限度が難しくて。時代によって解釈も変わるし正解がないんですよ。

——そうなんですね。

普通に考えたら、僧侶がエロいことをするのに良い印象を持つ人ってあんまりいないと思うんです。でも、たまたまエロい分野での情報発信をしてから、エロに関する悩み相談をDMでもらうようになって。ただ、毎回のように「僧侶にこういうことを聞くのは申し訳ないのですが」と言われるので、これはいけないなと。

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——どういうことですか?

苦しみに向き合うのが僧侶の役目なのに、戒律のせいで相談してくれる人に余計な心配とかストレスを与えているとしたら申し訳ないと思ったんですよ。貧困問題に取り組んでいるとある神父さんが「他人と向き合うときに自分の宗派の戒律を気にすることは、相手をおちょくっていることになる」と言っていて。確かにそうだなと。だから、戒律とどう向き合っていくのか。それをずっと考えなければいけないと思っています。

——答えがないからこそ、それを突き詰めている最中なんですね。

ただ、自分がやったことで自分以外の人に迷惑をかけてしまうこともあって。どうやら、猥談をするYouTubeに関して父親に批判が来たらしいんです。僕としては人と向き合うためにも正しいと思ってたし、責任を全部引き受けるつもりでエロをオープンにしたのですが、その結果、親に迷惑がかかるのは違うなって。だからといって、エロをやめるのも僧侶の課題から逃げているような気がして、便宜的に家との関係を断つことにしたんです。一度、修行のために家を出てみようと。

——修行で家出?

そもそも、昔の僧侶は定住していなかったんです。お釈迦さまもそうだし、空也さんとか一遍さんとか昔の人々は遊行(ゆぎょう)といって、全国をフラフラ旅しながら修行していたので、僕もそうしようかなと。もちろん、籍は今のお寺に残ってはいますが、もう少し既存の枠組みとは違うところに自分を置いてみたくて。

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家を持たず、出家してコンテンツを作る生活に

——そうなると、京都から出てくると?

そうなんです。とはいえ、これまでも1ヶ月の3分の2くらいは東京にいたんですけどね。

——何をしていく予定なんですか?

僧侶は苦しみに向き合う存在であるべきだと思うんですね。自分はそれがまだできていないなと感じていて。以前の話になるんですけど、付き合っていた彼女から父親がガンになったと打ち明けられたことがあるんです。でも、そのとき返す言葉が何も見つからなかったんですよ。その代わり「諸行無常」とか「人が死ぬことは当たり前のことだから」みたいな言葉がチラつく。その状況がすごく悔しくて。そのときの自分は、どんな会話でも仏教に当てはめれば勝ち、みたいな思考になっていたんですよね。その結果、最愛の人の気持ちに寄り添うことができなかった。このままではダメだと思いました。家に引きこもって、仏教のことSNSで呟いてる場合じゃないなと。

——それで家を出て、人に寄り添えるようになろうと。

そうです。だから、あえて東京でも家を持たないことにしました。そもそも1年前くらいから東京には家がなかったんですけど(笑)。

——今まではどうやって生活していたんですか?

会社員時代は家賃7万円くらいの賃貸に住んでたんですけど、会社を辞めて収入がなくなってからは、大学生の頃から毎日のように遊んでいた友だちの家に1日200円で泊めてもらってました。

——めっちゃ安い。

でも、最初は400円払えって言われてたんですよ。それはさすがに高いと思って僕を泊めるのに何が嫌なのか聞いたら、陰毛が落ちることだって。そいつは陰毛が落ちないタイプの人間らしくて、僕の陰毛がとにかく耐えられないと。だから、毎日剃る提案をして半額にしてもらいました。「ちんげ割」って呼んでましたね。

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——ちなみに、現在はどうやってお金を稼いでいるんですか?

いろんな媒体で原稿を書いて収益を得ています。それでも月収にしたら7万くらいですよ。

——7万円だけだと正直しんどくないですか?

それでも、貧しい方が面白いなと思うんです。そもそも、面白さって必然性が必要だと感じていて。それで言うと「お金がない」っていちばんコンテンツが生まれやすい土壌だと思うんです。それに、僕は予測不可能なことに対して楽しいって感情を持つことが多くて。そもそも、これまでなんとかなってきましたしね(笑)。

宗教を超えた「愛と死のエンタメ集団」をつくる

——ちなみに、実家のお寺で働いてお金を得る選択肢はなかったんですか?

うちの寺は小さいので、そもそも給料なんてものが出せる状況じゃないんですよ。父親もサラリーマンをしながら住職をしてますから。

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——そうだったんですね。そうすると、稲田さんが新しい稼ぎ方を探していくしかない?

そうですね。そもそもお金を稼ぐことは二の次なのですが、うちの田舎だと寺に人を呼んでいても経営が成り立たないので、自分という存在を媒介に人と人を繋げていくようなことがしたいと考えています。

——手段にはこだわらない、と。

なんなら、あんまり大きな声では言えないのですが、最近は寺を継がなくてもいいんじゃないかなとさえ思っていて。現状、寺は「地理」というセグメントで人に対してコミュニケーションを取ろうとしますけど、それ以外のことでもセグメントは切れるじゃないですか? 例えば「バイブス」でもいける訳で。

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——なるほど。とはいえ、これからも僧侶であることを生かしていくんですよね?

はい。仏教は好きだし、現代においても価値のあることだと思っているので。

——具体的にやりたいことはあるんですか?

最近、知り合いから「自分が死んだら葬式を頼むね」と言われることが増えてきたんですけど、僕がその人より長生きするかわからないじゃないですか。とはいえ、僕を信用して相談してくれたのに、僕の父親や子どもにその役目を託すのも違う気がして。おそらく、その人は僕の信じる宗派とかではなく、僕の価値観を信頼してお願いしてくれたんです。それに、うちは隔世遺伝の家系なので、上下の世代と絶対馬が合わないんですよ(笑) 。だから、家系とか宗派とかを超えて、同じバイブスを持った100年以上続くようなチームをつくれたらなと思ってるんです。いうなら「宗教家レーベル」みたいな感じですかね。

——何をやるんですか?

まだ具体的に決まってるわけじゃないんですけど、愛と死のエンタメ集団みたいにしたいんですよね。

——愛と死のエンタメ集団?

僧侶や牧師といった現代の宗教家って、その宗教の信仰者でありながらも、宗教を超えて人の苦悩を取り除いたり、孤独を解決するプロでもあると思っていて。いわば、愛と死のプロなわけです。だったら、アイドルやインフルエンサーのように、共感してくれる人たちとともに切磋琢磨しながら、社会的課題に取り組めるような「信仰」じゃなく「信念」をベースにしたモデルもつくれるんじゃないかなと思っていて。まあ、まずは家出修行で自分を見つめ直してからになりそうですけど。今年いっぱい、じっくり考えていきたいです。

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文:すみたたかひろ 編集:ペイミーくんマガジン編集部 撮影:玉村敬太

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