CRAZY森山和彦が、すべての事業をたたむ決断をした日。
人間、誰だってお金の失敗くらいある。連載「お金に負けた日」では、人がどんな失敗をして、その度にどうやってその局面を乗り越えてきたのかを探ります。今回登場するのは、完全オーダーメイド型のウェディングサービス「CRAZY WEDDING」や「IWAI」を展開する株式会社CRAZYの森山和彦さん。業界の常識に挑み、新しい価値観を生み出すなかで直面した、4年目の“お金に負けた日”について伺いました。
森山和彦(もりやま・かずひこ)|CRAZY代表。2005年に中央大学商学部を卒業し、人材コンサルティング会社に6年半勤務。2012年7月に株式会社CRAZY(旧UNITED STYLE)を創業した。同社をビジネスグロースさせながらも、全社員で1カ月休んで世界一周するなど、独自の組織運営を実践。2018年「働きがいのある会社」および「働きがいのある会社 女性ランキング」に初エントリー&ダブル受賞するなど、ユニークな経営手法が注目される。今年初の自社運営会場となる「IWAI」を表参道にオープン。
苦しいながらも右肩上がりの創業期
——今日は森山さんが経験した「お金に負けた日」についてお話を伺いたいと思います。
そうですね。起業時もお金がなくて、親戚から借金をしてスタートしたんですけど、その後順調に売り上げを伸ばしていくなかで4年目にはじめて会社の貯金がなくなったことがありました。「情熱大陸」への出演が決まって、サクセスストーリーのど真ん中にいるタイミングでした。
——「情熱大陸」出演のタイミングでそんなことがあったんですか。
もちろん、それまでも泥臭い経験はたくさんありましたよ。初年度なんかは仕事がなくて社員が暇になったらどうしようという心配ばかり(笑)。結果的に1億円を売り上げて、2年目はなんとなく2億円くらいかなと思っていたのですが、とある勉強会で「目標と計画は違うものだ」という話を聞き、それじゃあ2年目は4億円を目指すかと思いまして。会社に戻ってみんなに伝えたら唖然とされましたが、なんだかんだやるぞということで、結果的に3億円くらいの売り上げを出したんですね。
——順調な創業期ですね。
大変だけど、すごく楽しかったです。ただ、3年目に「300%成長したい」と目標を掲げたところ、最初はノリが良かったのですが、徐々に微妙な空気になっていきました(笑)。それで、社員のマインドを一度確かめなければと思って、全員でA4用紙に今抱えているネガティブな感情を書き出していくことにしました。「あの頃が良かった」とか「これからの生活がどうなるのか」とか、なかには「それでもこの会社が好きだ」とだけ書いてある社員もいましたね。それで、みんなが嫌がるならと前年比300%を目指すことをやめました。それでも結果として6億円以上を売り上げたんです。本当によく頑張りました。
——まさに右肩上がりだったわけですね。
そうです。そのあと「情熱大陸」出演が決まって、事業を広げようという時期でした。しかも、そのタイミングで次の世代へ経営をスイッチすることにしたんです。創業者である山川咲もCRAZY WEDDINGを卒業して次のフェーズへ進もうとしていましたし。でも結果として、新体制をうまく運用することができず、私たちのサービス力が衰えてお客様を悲しませる出来事が起こりました。それでCRAZYという組織は死にそうになったんです。
——何があったんですか?
クレームといいますか、簡単に言えば、できたはずのことをやらなかったんですね。関わっていた全員が「誰かがやるだろう」と思って対応を怠った。それで、大切なお客さまを悲しませてしまいました。その瞬間、僕は会社を解散する判断をしました。
「情熱大陸」放送のタイミングでストップした会社
——会社を解散する……?
具体的には、一旦雇用関係をゼロに戻し、新しい受注も取らないことにしました。そして、事業はひとりでもやる覚悟だと社員には伝えました。そのうえで、すべてのお客さまに対して経営陣から電話して、不安に思うことはないかヒアリングをしました。
——「情熱大陸」の放送があった時期ですよね。
はい。その出来事があって2週間後に放送がありました。営業をしないという判断でしたので、テレビ放送後にいただいた約200件のお問い合わせもお断りしました。その結果、ものすごい赤字が出ました。おそらく億単位。これまでの利益以上の損失がありましたね。
——森山さんの精神状態は?
もちろん、つらいです。だけど、そこまでやらないと会社は蘇らないと思ったし、何より自分が納得いかない。このままじゃ恥ずかしいし、こういう会社はすごく嫌いだと思ったんです。体裁が良くて内面が良くないのは、僕のつくりたい会社とは違う。だから、細かなお金の計算もせず、とにかくやめてしまおうと。そのときは、社員の誰の賛同も求めず、僕の判断だけで会社を止めました。後にも先にも、独断したのはそれだけだと思います。
——そうでもして、やめなければいけなかったと。
経営者として、僕は負けてしまったわけです。しかも、自分が負けたくせに全員解雇というエゴイスティックな決断をしました。というのも、僕自身も会社に雇われている身なんです。経営者は会社のビジョンに対していちばんストレートでいなければいけません。会社のビジョンと社長の人生はイコールです。当時はCRAZYという会社からすると、「何をやっているんだ」という状況でした。だから、社長である僕が判断した。それだけなんです。
全員解雇からの組織再編
——会社をストップさせたことでいちばん辛かったことは何ですか?
全員と面談をしたことですね。
——面談ではどんな話を?
ビジョンを伝えました。そして問いました。「新しい会社はこんなところです。あなたはこの会社にジョインしたいですか?」と。それから、その人が持っている固定概念や問題についても話し合いました。例えば「家でも仕事をしてしまうので、家庭の時間が取れません」という社員に対しては、どうしたらその負のループから抜け出せるのかを問い続けました。そして、新しい会社ではそんなことをしていては入社できませんよ、と。この会社での成長が見えない社員には、入社試験と同じように自分のビジョンをプレゼンしてもらいました。人によっては3回も4回も話す場を設けたりして。それでも明確なビジョンが見えない人には「この会社には入らないほうがいいよ」と伝えました。
——新しい会社の入社面接でもあるわけですね。それによって会社を離れる決断をされた方もいましたか?
当時、メンバーの数は50人くらいでしたが、そのうち7人がやめました。そのなかには、創業メンバーもいましたね。彼は「起業したい」とずっと話していたのにCRAZYが好きすぎてやめることができなかったんです。だから、「ここにいるよりも、起業した方が良い」と何度も話しました。今から思えば、かなり強行突破の面談でしたね。ただ、やめた7人は別の会社ですごく活躍しています。創業メンバーだった彼も起業して、今でも仲の良い友人関係が続いています。
——当時のお金事情はどうだったんですか?
借り入れをしながら、キャッシュフローから運営費用などを捻出していました。PL(損益計算書)ではけっこうな赤字になっていたと思います。
——それでも、お金のことは考えなかったと。
考えなかったですね。
——怖くなかったですか?
正直なことを言うと、まったく怖くなかったです。だけど、苦しかった。自分の好きな人たちが僕の決断を承認してくれない、わかってくれないことが。その後1年くらいは傷が癒えなかったです。
——当時、山川咲さんも反対されたんですか?
咲ちゃんも賛成ではなかったと思います。たくさん意見をもらいましたね。でも、それよりも重要なことは、会社のビジョンを守ることでした。それが例え、会社の収益をつくるいちばんのタイミングだったとしても。
——事態が収束するまでにどれくらいかかったんですか?
2カ月くらいですかね。その出来事が起きたのが5月。7月にはCRAZYの4周年記念イベントがあったので、それまでには立て直さなければいけませんでした。そこに微妙な気持ちでは望めなかったので。結果として2,100人が集まってくださいました。その当時の私たちのありのままの姿を伝える機会だったから辛かったですが、感慨もひとしおでしたね。それからもいろいろと紆余曲折がありましたが、おかげさまで売り上げは順調に伸びています。
今ふたたび、企業成長のための戦い
——7月に周年があるということは、今年もまもなく期末ということですね。
そうなんです。実は、この1年も会社としてはすごく正念場で。「IWAI」という新しい結婚式の場を築いたこともあるし、社員数も100名を超えるタイミングを迎えます。経営陣も増えて会社自体が大きく変わろうとしています。そのなかでCRAZYという会社から僕が言われているのは、「挑戦しろ」ということなんです。
——4年目の経験を糧に挑戦しろ、と。
会社には事業戦略と組織戦略のふたつがあるのですが、今は新しい事業に対して古い組織体制が引っ張られている状況です。「IWAI」ができてビジネスも伸びる段階なのに、挑戦に対して組織が向き合っていない。だから、これからさらに成長していくための組織戦略を6月末に向けて練っている最中です。そうすると軋轢も生じます。古い組織体制は心地が良いし、楽しい。でも、事業が大きくなるということは、それに対応した形に組織も変わっていかないといけません。もしかしたらある程度の痛みも経験しないといけないのかなと覚悟しています。
——企業が成長するための「成長痛」のようなものなんでしょうか。
これは多くの組織にあることで、それを僕らなりにどう対応するかが問われていると思います。4年目はお金を度外視した対策を取ったために、その負担が社員にも及んでしまいました。でも、あの頃と僕も会社も違います。正直、社内で悩んでいる人もいると思いますが、この波に乗っていけば勝てるよとは伝えたい。だから、なんとか頑張ろうと話しています。
——今は楽しいですか?
おもしろいですよ。わくわくする気持ちが90%くらい。その一方で「みんな、どうするんだろう?」と少し不安になる部分もありますけどね。常に自分自身に問いかけるわけです。私は社員を愛しているか、社員を無視した政策を立てていないか、ビジネス主義になっていないか、と。今言えることは、そんなことは決してないということです。経営難に陥ったJALをV字回復させた稲盛和夫さんが「社員の心に生える雑草を取り除いてあげることが大切だ」と言っていましたが、まさに今は除草の時期なんだと思います。結果がどうなるかはまだわかりませんが、今回は社員と一緒に頑張っていきたいと思います。
——今度は負けないぞ、と。
お金に関しては、4年目のときに一度負けました。ビジネスチャンスを捨てました。今回もなんとなく仕事をしたら負けると思います。だから、抜かりなくやっていきたいですね。
文:すみたたかひろ 編集:村上広大 撮影:大森めぐみ