田村浩二は、お金が見えてこない現在の飲食業界にチーズケーキを通して疑問を投げかける。
お金の付き合い方は人それぞれ。どうやって稼ぐか、何に使うか、どれくらい貯めるか。そこに価値観や生き方が表れるような気がします。そこで、さまざまな人に聞いてみることにしました。「あなたにとってのお金とは?」を。今回話を伺ったのは、「Mr. CHEESECAKE(ミスターチーズケーキ)」を手がける田村浩二さんです。
田村浩二(たむら・こうじ)|神奈川県三浦市生まれ。新宿調理師専門学校を卒業後、乃木坂「Restaurant FEU(レストラン フウ)」にてキャリアをスタート。 ミシュラン二ツ星の六本木「Edition Koji Shimomura (エディション・コウジ シモムラ)」の立ち上げに携わる。 表参道の「L'AS(ラス)」に約3年務めた後に渡仏。World's 50 Best Restaurants 2019 の1位を獲得したミシュラン三ツ星のフランス南部マントン「Mirazur (ミラズール)」、 一ツ星のパリ「Restaurant ES(レストラン エス)」で修業を重ね、2016年に日本へ帰国。 2017年には、世界最短でミシュランの星を獲得した「TIRPSE(ティルプス)」のシェフに弱冠31歳で就任。World's 50 Best Restaurants の「Discovery series アジア部門」選出、「ゴーエミヨジャポン2018期待の若手シェフ賞」を受賞。現在はMr. CHEESECAKE のほか、複数の事業を手掛ける事業家として活動。
自分で体験することが絶対に必要
——レストランで働いていたときと現在では収入も大きく変化していると思うのですが、それによって気づいたことってありますか?
お金があってハッピーというよりは、お金がなくてアンハッピーにならないことが大事だと思うようになりました。そもそも無駄が嫌いな性格なので、本当にほしいと思ったものしか買わないですし。あと、これはレストランをやめてから気づいたんですけど、食べることがあまり好きじゃないみたいです。
——それは意外です。料理人ってそれぞれのレストランの味を知るために食べ歩いているイメージが強かったので。
若い頃はいろんなところに足を運んでいましたよ。でも、ある程度のところまでいくと自分の好みがわかってきて、食べ歩く必要性が次第に薄れていくんです。それにコース料理を食べるとしたら、1回で2時間とか3時間は最低でもかかる。値段も安くはない。明らかにコストパフォーマンスが悪いですよね。そういうふうに考えてしまっている時点で、自分は食べることがそんなに好きじゃないんだなと。
——そうすると、現在は何にお金を使っているんですか?
自分がまだ体験していないものにはお金を惜しまないですね。気になる商品やサービスがあったらとりあえず試すようにしています。自分の価値観に合わなくても、記憶には残りますし。
——自分で試すことが重要なんですね。
「今こんなものが流行っている」と周りに紹介されても、実際にそれを自分で試してみないことには経験値は蓄積されないですし、その工程を省いてものづくりをしても劣化コピーにしかならないと思うんですよ。自分がどこに感動したのか、それをどうやったら自分の仕事に活かせるのか。それを考えるうえで、体験することは絶対に必要だと思っています。
——それでいうと料理を食べ歩くことも体験のひとつだと思うんです。それが現在のように自分が未体験なものにお金を使うようになったのは何かきっかけがあったんですか?
レストランで働いていた頃は、いかにおいしい料理をつくるかに価値を置いていたんですけど、そもそも“おいしい”の評価ってすごく難しいじゃないですか。人によって違うから。その基準を自分で決めてしまうと、それ以上の価値の出し方をほかに見い出さないといけないんですよね。そういうことを考えているタイミングでレストランを離れることになって、いろんな人と話をするうちに見えてきたものがあって。それで自分の考えていた当たり前がすごく狭い世界のことなんだと知ったんです。
——というと?
例えば、自分が考えていたよりも料理をつくる人って少ないんだな、とか。
——そうかもしれないですね。独身の人とかは特に。自分も一人分をつくるのがすごく面倒で、外食ばかりになっています。
ですよね。でも、それって考え方を少し変えるだけで解決すると思うんです。僕は、家で料理をすることがいちばん幸福な行動だと考えているので、持っている知識や技術は惜しみなく出していきたいんです。だから、レシピも公開するし、難しいと思われていることはポイントを抑えるだけで簡単にできるんだよ、と伝えるようにしています。
——それでいうと、以前Twitterの Live配信で田村さんがオムライスの上に乗せる卵を湯煎してつくっているのを見て、そんなやり方があったんだという気づきがありました。
それ、いろんな人から言われました。ああいうテクニックって、料理人には当たり前のことなんですけど、一般層までは降りてないんですよね。オムライスの卵って、普通の人がつくろうとしたらすごく面倒だし難しい。あれはもう完全に技術だから。でも、ふわふわで食べたいじゃないですか。そしたら、誰でもできる料理の方法を教えてしまえばいいと考えたんです。自分が持っている料理の技術を、必要な人に必要な濃度で届くようにしたいんです。そうしたら、一般的な料理も見え方が変わってくるから。
——田村さんのやっていることって、料理を通じた日常生活のアップデートですよね。ほんの少しの工夫をすることで、日常がすごく豊かになるよっていう提案をしている気がします。
もし宇宙に行けるとなったら、すごい体験ができると思うんですけど、それは限られた人にしかできないですよね。でも、それが料理なら多くの人に可能性がある。とはいえ、世界一おいしいものでも、つくるのが世界一面倒だったら誰もいらないじゃないですか。“誰もができるうえで、誰よりもおいしくできる”っていう価値を提供することで、大きな感動を起こせると思うんです。それは気づくか気づかないくらいのほんの少しの変化で良くて。それを心がけています。
おいしさ以外の価値も足して180点を目指す
——田村さんは料理人のなかでもかなり戦略を練って活動している印象があるのですが、どういうことを考えて行動しているんですか?
おいしいものをどこまでおいしくつくれるかを突き詰めている料理人って多いと思うんです。でも、それを“どう知ってもらうか”とか“どういうふうに広めようか”というところまで意識している人って少ないんですよね。いわゆる職人肌が多い。90点以上のものをつくれるようになったうえで、105点とか107点の勝負をしている。でも、飲食業界のこれからについて考えると、それだけでは多様性がないなって。正直なことを言えば、90点以上のものは全部おいしいし、その先の違いはおそらく普通の人にはほとんどわからない。だから僕は、味については90点、そのうえで料理の魅せ方や届け方でも90点を取ることにしました。おいしいものをつくれる自信があるからこそ、そうではない部分でも価値を築いていけるんじゃないかって。
——おいしさだけ突き詰めて100点以上を目指すのではなく、おいしさ以外の価値も足して180点を取ると。
そういう戦い方もあると示すことで、若い料理人に「こんなこともできるんだ」と思ってもらえたらいいなって。実際のところレストランって無駄ばかりなんですよね。例えば、閉店後でもお客さんがいたら料理人は厨房にいないといけない。でも、それってすごく乱暴な言い方をすると無駄な時間じゃないですか。しかも、レストランって「客数×客単価×営業日数」で売上のラインがある程度決まってしまうので、そのかけ算以外で利益を生むのがすごく難しいんです。それで働いている人の給料を上げようとすると店の利益を減らすしかない。だから、いつまで経っても働いている人の給料は上がらないし、結果としてスタッフが次々とやめてしまう。
——構造的な問題があるわけですね。
だから、僕は物販に力を入れることにしたんです。店舗を持たずにチーズケーキをインターネット経由で販売すれば、売れた分だけ利益が出るし、従来のように朝から晩まで厨房で働く必要もない。空いた時間を利用して別のこともできる。外から見たらチーズケーキをつくっているだけに思われるかもしれないんですけど、実際はいろんなことをしているんですよ。
——そういった事業家的な感覚ってどうやって養われたんですか?
僕が今まで働いていた店のシェフがレストラン以外にも事業を広げていたのが大きいと思います。例えば「L'AS(ラス)」という南青山にあるフレンチレストランでは、「RECIPE & MARKET」というデリカエッセンを運営していました。フランスに渡って最初に働いた「Mirazur (ミラズール)」という三つ星レストランでも、アルゼンチン出身の料理長が地元でハンバーガー屋を経営していて。そういうのをずっと見てきたので。
——それが結実したのが「Mr. CHEESECAKE(ミスターチーズケーキ)」なんですね。
でも、最初から成功したわけではないんですよ。これまで2つの事業で失敗していて。ひとつは「アロマティザン」というお茶のブランド。ハーブとフルーツとスパイスを組み合わせて販売したんですけど、つくり方が面倒だったのに加えて、“ノンアルコールなのにワインのような香りがする”というアピールポイントに馴染みが薄くてあまり手に取ってもらえませんでした。ただ、この事業は最近、いろんなメーカーやホテルと組めるようになって広がるようになっているので、世の中に出すのが少し早かったのかなと思ってます。
——もうひとつは?
食用のバラを使ったアイスクリームを展開したんですけど、あまり味に馴染みがなくて刺さりませんでした。そういった失敗を経て、いろんな人にわかりやすくおいしさが伝わる商品をつくってみたいと思った末に生まれたのが「Mr. CHEESECAKE」なんです。
食の未来を広げて、才能ある料理人を増やしたい
——今後についてはどういうことを考えているんですか?
いろいろやりたいことがあるので難しいんですけど、ひと言で表すと“食の未来を広げたい”んですよね。だから「Mr. CHEESECAKE」を製造しているキッチンは、僕の持っている技術や知識をどうやって別のことに展開していくのかを学ぶ場所にしたくて。だからスタッフには、チーズケーキの売上、原価、配送料、利益などについても話しているんです。そのうえで、もっと事業を大きくするためにはどれくらいの利益がないといけないのか。そのためにはどれくらい働く必要があるのかも話すようにしています。
——そこまで話す料理人って少ないですよね?
けど、それが普通なのかなって。これが会社だったら企業価値が数字で表れるじゃないですか。それが飲食店になると見えなくなってしまう。三ツ星レストランの年商について知ってる人ってほとんど知らないですよね。でも、そういう数字が見えてこないと、飲食業界で働きたい若者って増えないと思うんですよ。特に今は、東京にレストランが一極集中しているので、競争も激しい。その一方で、地方だとできることが限られてしまうから、自分の能力を発揮しにくい。もっと幅広い選択肢が用意されることで、才能ある料理人が増えるんじゃないかなと思います。
取材・文:村上広大 撮影:室岡小百合
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