脳内アーティスト・稲沼竣は、借金と自分の企画だけで食いつなぐ“究極の自分勝手”を続けている。
あの人、どうやって稼いでるんだろう。そう感じる職業ってありませんか。肩書きを聞いてもどんな仕事をしているのかよくわからない人は案外たくさんいて、そんな彼らのリアルなお金事情を探っていこうという連載をスタートします。初回は“脳内クリエイター”を名乗る、謎多きドレッドヘアの稲沼竣さん。昨年「平成が終わルンです」という写真展が話題になったことでも有名な彼の仕事とお金事情とは?
稲沼竣(いなぬま・しゅん)|脳内アーティスト。大学中退、借金フリーターからフリーランスデザイナーを経て、合同会社IMAGINALを起業。法人・個人問わずデザイン制作を担当し、デザインレッスンでは直接指導で70人以上に教える。現在は“脳内アーティスト”として、Tシャツ5000枚の販売実績やランダムアプリが2万DL突破するなど、企画を生み出し続けている。@ShunInanuma
仕事をやめて、表現だけで生きていくと決めたから
——稲沼さんは、脳内の面白いをアウトプットして形にする「脳内アーティスト」を自称されていますが、どのような経緯があって現在の活動に辿り着いたのでしょうか?
もともとフリーランスでデザイナーをやっていたんですけど、気づいたら10円ハゲができていて(笑)。「好きなことやってんのになんでだろう」と思ったんですね。それで自分が本当につくりたいものつくってみようと、ダジャレを全力でアート作品にする「ダジャレでアート」という企画をやってみたらバズって、テレビにまで出られちゃったんですよ。
——いきなりのブレイクですね。
そのときに表現するのってこんなに楽しいんだと救われたんですよね。それからデザインの仕事で稼いだお金を自分の表現にぶつけるようになって、仕事 × 表現を掲げて会社も設立しました。ところが、デザインの仕事ってひとりだけでやっているとすぐに売上に限界が見えてくるんですね。それで、これ以上稼ぐためには自動で回る仕組みをつくっていくしかないなと思ったんですけど、全然気持ちが乗らなくて。なんか稼ぐこと自体が嫌だぞって。それで去年の6月にデザインの仕事を一切やめました。
——いきなりやめたんですか?
そうです。絶対に迷うと思ったので、ランダムで。
——ランダム!?
俺、ランダムで出された答えを全力で信じるんですよね。近くにある飲食店をランダムにおすすめしてくれる「SHACA SHACA!!」というアプリも運用しているんですけど、けっこう運に任せることが多くて。めちゃくちゃ覚えてるのが、夜中にこれからどうするか決めてみるかと思い立って、タバコを投げて火のついた方が左を向いて落ちたら仕事をやめる、そうじゃなかったら続けようって(笑)。
——それでやめたんですか。すごい……。
無計画もいいところでしたね。最近ようやく言語化できたんですけど、俺って「全力で全時間をかけて、その場しのぎをしてる人」なんですよ。スケジュールとかも全然立てられなくて、今は管理を彼女に外注していて(笑)。毎週デートでTO DO確認するみたいな。
——デートというか、ミーティングですね。彼女にお金は払ってるんですか?
そこは愛で解決しています(笑)。
——でも、いきなり収入がなくなると不安じゃなかったですか?
そうですね。貯金もまったくなかったので。
——どうやってお金を得ていたのでしょうか?
その頃に「喋るTシャツ」というブランドを展開していて、2度の発売で1000枚ほど売っていたんです。その第3弾を夏に出そうと考えて、それで思い浮かんだのが「平成ゆとりTシャツ」でした。
——大きな話題を集めましたよね。
100枚くらいはいくかなと予想していたんですけど、奇跡が起きて3日間で750枚も売れて。このときばかりはデザインの仕事をやめていて良かったと思いました。夏に間に合わせることができたので。このヒットがなければ、今頃死んでたと思います(笑)。
——どれくらいの期間をかけたんですか?
デザイナーをやめてすぐの6月後半に動き出して、7月の頭には撮影。その後、発売しました。
ふたりから100万円ずつ借金して生活する日々
——今はどうやって稼いでいるんですか。
まずは借金っすね(笑)。結局、完全なる脳内アーティストになって自分の表現だけで食べていくのはめちゃくちゃ難しくて。
——Tシャツの売上だけではダメなんですね。
Tシャツは再販もして20日間で1200枚は売れたので、去年の夏はそれで乗り越えられたんです。でも、次の企画を軌道に乗せるまでに時間がかかるので、その期間を凌ぐお金が足りなくて。しかも俺、過去に友だちにだまされて借金をしたことがあるから、金融機関のブラックリスト入りしていて借りられないんですよ。だから、Twitterで「100万円を無利子で貸してくれ」って募集したんです。無利子といっても1年後に成長した自分の脳ミソを10時間貸しますって。そしたら、2人から借りることができて。その200万円で今は生きています(笑)。
——そんな、まさか! 誰が貸してくれたんですか?
ひとりは名古屋に住む女性で、まったく面識がなかったんですけど、会いに行ったら「自分が上の世代から助けてもらったことがあるので、今度は自分が助ける番だ」って。もうひとりはデザインのレッスンをしたことがある生徒さん。といっても、本業でめちゃくちゃ稼いでいる同じ年の方なんですけど。
——じゃあ、それは今年返さなきゃいけないわけですね。
Tシャツの新作やエロがテーマの新しいブランド「NERODiC」の発足、「SHACA SHACA!!」のサービス拡大とかがこれから続くので、それで借金を全クリできるんじゃないかと。そしたら自分のつくるものだけで生きていけるんじゃないかと思ってます。今から逆転劇がはじまりますね。
——今やっていることは、稲沼さんにとって仕事ですか?
仕事って人に貢献するものだと思っていて、そこを第一に考えることで伸びるものですよね。でも、俺が今やっていることは自分のためのものなので、仕事とは思っていないですね。結果的に誰かに貢献できることはあるけれど、その原点には自分がつくりたいものがあるので。会社を設立して誰かの家族を養う必要とかがないので、究極の自分勝手なのかもしれないです。でも、そこに価値があると思っていて。
稼いだ金額で優劣がつく世界はウザい
——今の生活になって、お金の価値観は変わりましたか?
仕事と表現を両方やっていた時代とはまったく違いますね。究極的な話、お金を稼ぐとなるとキリがないじゃないですか。目標年収とか、資金調達とか、金額の話で上下が生まれたりするのがウザいなって。でも、表現って数字では表せないんですよ、人によって価値が違うから。その比べられない感じがおもしろいなと思うようになりました。それが変化ですね。
——これからもこうした生活を続けていきたい?
いつかは絶対に崩壊すると思うんですけど、それはそのときに考えればいいかなって(笑)。それにこの生活自体がコンテンツになってるんですよね。彼女と移動生活していたときにはそれ自体が企画になっていたし、このドレッドをポエムにするとか、ほしい服を自分でつくるとか。この生活こそが脳内アーティストの証なのかなと思います。
文:すみたたかひろ 編集:ペイミーくんマガジン編集部 撮影:玉村敬太