野菜愛の伝道師・阿部成美は、“おいしいものが食べたい”一心で新しい職業を創造する 。
肩書きを聞いてもどんな仕事をしているのかよくわからない人たちのリアルなお金事情を探ろうという連載企画「ところで、どうやって稼いでいるんですか?」。今回は、野菜のサブスクリプション事業を立ち上げた阿部成美さんにフィーチャー。野菜に関わる仕事のかたわらで、自らも週1ファーマーとして千葉の農家へ通う阿部さんが、農業を通じて見つけた生き方とお金の価値観について聞きました。
阿部成美(あべ・なるみ)|1991年生まれ、山口県出身。京都大学農学部を出て、博報堂へ就職。SHE inc.を経て、2019年に野菜のサブスクサービスを行うTUMMY inc,を創業。出荷規格から外れて捨てられる運命にある不ぞろいな野菜に愛を感じ、野菜を毎週届けるサービス「Yasaicco」を展開中。野菜を自ら採りにいく“週一ファーマー”でもある。
食べ物に対するひとつの疑問がはじまりだった
——とにかく野菜愛がすごい阿部さんですが、いつから野菜に愛を感じてたんですか?
もともと京大の農学部で食の仕組みとかを勉強していたんですけど、食べることが大好きなのに、食べ物がどうやって流通されるのかを知らないなと思って。そのうち規格外の野菜が捨てられていることを知り、もっと深掘りするために畑へ行くことにしました。そこではじめて「野菜かわいい!」ってなって。それからさらに農家さんの生き方とか畑の気持ち良さとかも好きになって、この魅力をいろんな人に伝えたいと思うようになりました。それで、発信力を身につけるために博報堂へ入社したんです。
——ものすごく戦略的ですね。博報堂ではどんな仕事を?
企業のブランディングを4年半ほど担当していました。それでひと通りいろんなことができるようになってきたので、そろそろ農業に関わる仕事がしたいなと思うようになったんですけど、そのときは起業することに足踏みしてしまって。
——それはどうして?
そもそも手続きがわからなかったし、お金も大丈夫なんだろうかと心配で。そんなときにSHEという女性のキャリアを応援する会社からお誘いをいただいて、フリーランスとしてブランディングのお手伝いをすることになりました。
——起業するまでにひとつ間を挟んだわけですね。
SHEには起業することを伝えて、それまでの期間だけ携わることを理解してくれたので、すごく働きやすかったですね。それで準備が整ったので昨年12月にSHEを退社し、今年の1月に起業して今に至ります。
——起業準備は具体的に何を?
そんなに大それたことはしてなくて。自分ひとりの会社なので、資金調達とかメンバー集めとかもないですし。手続きを進める以外には、共感してくれる人を集めるためにTwitterを頑張ったのと、会社の目指すところを明確にするためにコーチングを受けたくらいですね。
——何をコーチングしてもらったんですか?
人生設計ですね。畑の魅力を発信したいというビジョンはありつつも、どのくらいのスケジュールで進めればいいのかわからなかったので。
——ライフステージありきの起業ということですね。
近い将来、子どもがほしいという気持ちがあって。そうすると家庭との両立が大切だと思うんですけど、働きすぎてしまうとバランスが崩れるような気がしたんです。子どもを育てたり、夫婦仲を維持したり、そうしたことを優先して会社の方向性を考えたいなって。
野菜が好きなのに、残業続きでコンビニ弁当ばかり食べていた
——社会人になってからも、野菜や農業とは関わりを続けてきたんですか?
農業は続けたいと思っていたので、「GOBO」という食と農に関わる若手社会人ネットワークに所属して、土日に勉強会をしたり、農家訪問をしていました。でも、当時は仕事が忙しくて深夜のコンビニ弁当ばっかり。野菜を食べられない状況がすごい嫌で。あんなに好きだった野菜と疎遠になった生活に疲弊しているなと感じました。夢があって働いてるのに、東京で何やってるんだろうって。
——そうした思いがTUMMYの設立につながるわけですね。会社ではどんな事業を?
創業したばかりでまだ体制もきちんと整っていないんですけど、「お腹から感動する暮らしをつくる。」をビジョンに、博報堂時代の経験を生かして農家さんのブランディングや戦略立てのお手伝いをしています。これからは行政と組んだ仕事もやっていきたいなと思っています。
——野菜も売ってますよね。
そうなんです。自社ブランドとして「Yasaicco」という野菜の定額配送サービスをはじめました。流通に乗せられない規格外の野菜を少量ずつ販売するサービスです。農家さんのお手伝いをすると言いながらも、自分が野菜を売ったことがないのはずるいなと思って。自社ブランドを立ち上げて、そこで得た知識を事業に還元できるんじゃないかと考えました。
——農家さんとの繋がりはどうやってつくるんですか?
「GOBO」がひとつ。あとはTwitterを頑張ってきたおかげで、若い農家さんと繋がることができて。今は農家さんを探して営業をかけるようなことはやっていないんです。
右肩上がりの事業計画書なんていらない!
——博報堂をやめたことでお金の面で苦労しませんでしたか?
ぶっちゃけ、そんなに困ってないんですよね(笑)。博報堂のときにも毎月のお給料は使いきれないくらいで、ただただ貯金が貯まっていくみたいな感じだったので。そんなに物欲もないし、貯金が底を尽きて困るようなこともありませんでした。今もひとりで暮らしていく分には生きていけるくらいの稼ぎがあるので、なんとかなるかなって。一応法人ですが、フリーランスみたいなものですから。
——会社を大きくしていきたいという気持ちは?
私は埋もれた地方の魅力を発信すること自体を新しい職業にしたくて、そういう意味で全国に散らばるメンバーを見つけてチームを大きくしたいという思いはあります。でも、ピラミット型の組織をつくっていくとつもりは一切ないですね。私は山口県出身なんですけど、就職のときにクリエイティブなことをしたいと思ってもそれを満たす職業が地元にはなくて、昔から田舎でも生きていける職業をつくりたいと思っていたんです。畑の魅力を伝えながら、地域の農家さんの困っていることをサポートして、その恩恵が自分の食卓にも還元されてハッピーに生きられるような職業にしたいんです。そんなメンバーを来年2人、5年後に30人まで増やしたいですね。
——会社の売り上げを上げたいんじゃなくて、新しい職業をつくりたいと。
はい。稼ぎたいとか全然思わなくて、自分の家族を大事にしながら、自分たちが生きていけるだけの給料をつくれたらいいなって。法人化しても右肩上がりの事業計画書ができなくて諦めてしまいました(笑)。株も自分自身で100%持ってるし、役員報酬も決めたので、それを除いて会社が赤にならないことだけ守れれば、それでいいんです。
——それは実現できそうですか?
はい。畑の魅力は日本中にたくさんあるんです。でも、今はそれがうまく伝わっていない現状があります。だから、伝わる設計をつくることができれば、農家さんの収入も増えて、みんなハッピーに暮らせると思います。
経営者であり、週1ファーマーでもある
——今は週1ファーマーもやっているそうで。
今年の3月から毎週木曜日に。それは自分のバランスを整えるためですね。定期的に土を踏まないと人間らしくいられない気がして。1日働いた報酬として1週間分の野菜がもらえるのですが、それがおいしくて。自分が植えた野菜を食べる喜びも相まって、めちゃくちゃ楽しいんですよ。最近は夏に向けてトレーニングもはじめました。農業できるだけの体力をつくらなくちゃ(笑)。
——阿部さんの野菜愛ってどこからきているんでしょう?
結果として自分の生活に落ちてくるからですかね。畑でいろんなことを発見するのは楽しいし、自分が収穫した野菜もおいしい。でも、結局は食べることが大好きなんですよ。畑だけじゃなくて、養豚場にも行くし(笑)。
——そんな阿部さんが目指す理想のライフスタイルってどんなものですか?
家族と一緒に朝ご飯を食べて、みんなで畑の隣で仕事して、疲れたら畑作業して、日が暮れたら仕事をやめて旬のもので晩御飯をつくる。そんな生活が理想です。農家さんの役に立つお手伝いをして、働くほどおいしい夕飯が食べられるみたいな(笑)。
——筋金入りの食べ物好きですね(笑)。今と昔で生活における価値観も変わったと思いますか?
以前はお金にとらわれていたなと思います。お金はあればあるほどいいと思ってたし、給料が下がるからという理由で転職も怖がってたし。でも今は、家に野菜があるからお金がなくても生きていけるなって。東京にいると家賃がものすごくかかるじゃないですか。それも地方に引っ越せば解決できるし、さらにお金が必要なくなる。もっといろんな農家さんをお手伝いして、そのお礼として食材をいただいて、おいしい野菜を毎日食べられるようになれば、もう幸せですね。
文:すみたたかひろ 編集:ペイミーくんマガジン編集部 撮影:玉村敬太