お金よりも健康を選んだ、サラド細井優のサラダを通じた社会貢献。
肩書きを聞いてもどんな仕事をしているのかわからない人たちのリアルなお金事情を探る連載企画「ところで、どうやって稼いでいるんですか?」。その番外編として、ペイミーグッズプロジェクトのクラウドファウンディングでパトロンになってくれた4人の方々を尋ねました。この番外編のラストを飾るのは、渋谷でチョップドサラダ専門店サラドの細井優さんです。
細井優(ほそい・ゆう)|1983年生まれ。San Jose State Univ. 経営学部Finance学科卒業。2008年にAppleに入社し、2010年に日本でのiPadローンチなどを担当。その後、顧客体験管理のチームにてプロジェクトマネージャーとして主に量販店の環境改善に努める。同僚の病がきっかけとなり食事に関する興味を持ちはじめ、2016年にサラドを立ち上げ。以後、B2B向けのサラダデリバリーサービスとして成長させている。@SaladHosoi
食生活で変わった健康への意識
——細井さんはもともとAppleで働いていらっしゃったんですよね。どうして起業しようと考えたのでしょうか?
Appleで一緒に働いていた同僚が狭心症という病気を患って、緊急手術をすることがあったんですよ。それにものすごい衝撃を受けてしまって。というのも、僕自身がその同僚と同じような働き方をしていたんです。そのときは、新商品のローンチのために200ページくらいの資料を会社に泊まりながらつくってたんですけど、そんな生活ばかりしていたら僕自身が倒れる可能性もゼロではないなと。
——他人事でなくなってしまったわけですね。
しかも、僕と同じようにその同僚には奥さんとお子さんがいるので、なおさらシンクロしてしまって。30代半ばでまだまだ働き盛りなのに、家族を残して死ねないじゃないですか。
——自分だけの身体ではないからこそ、きちんと生活を見直さないといけない、と。
はい。狭心症は心臓周りの血管が狭くなることで発生する病気なので、血液の状態が悪いと発症するリスクが高まるんです。だから、妻に協力してもらって、サラダを中心とした食生活に変えることにしました。そうしたら69kgあった体重が3ヵ月で61kgまで落ちたんですよ。
——マイナス8kgはすごいですね。
ですよね。しかも、特に無理はしてないんですよ。おいしいサラダを食べ続けていたら身体が変化していった。それってすごいことじゃないですか。
——そうですね。
それに当時は六本木ヒルズで働いていたのですが、そんな好立地な場所でも理想的な食事を選択する自由がほとんどないことに気づきました。ここで困っているなら、日本全国のビジネスパーソンが困っているのではないか、と。それでサラダの魅力をもっと多くの人に、なかでも忙しく働くビジネスパーソンにこそ知ってほしいと考えるようになって起業しました。
健康を目指した自分がいちばん不健康だった
——実際に起業してみてどうでしたか?
何もかも余裕がなかったですね。朝6時からキッチンに入って、夜の9時くらいまで仕込みをして、それからデスクワークをやるみたいな毎日。ヤバいですよね。健康を目指して起業したのに、自分がいちばん健康じゃないっていう。ただ幸いだったのは、自分が創業者だったことです。これがやらされ仕事だったら、確実に倒れていたと思います。
——精神的な負担がなかったから大丈夫だった、と。
はい。もう絶対に成り立たせてやるんだという気概があったので踏ん張れたと思います。あと、1年目から360度評価を取り入れてキッチンメンバーにやってもらったんですよ。そしたら僕の評価が10段階中6で。
——微妙な数字ですね。
個人的には8くらいあると思ってたんですけどね(笑)。10段階評価って9以上が良いとされていて、7〜8は中立、6以下は低いという評価になるんです。
——つまり、キッチンメンバーは細井さんに否定的だったわけですね。
それってもうヤバいじゃないですか。危機感を覚えて、アンケートを取った翌日からキャラクターの変更を図りました。それまでは、経営者は威厳があるべき、みたいな思想に囚われてカッコつけている部分もあったんですよ。
——カッコつけるのをやめよう、と。
はい。コミュニケーションを取りやすいように積極的に話しかけるようにしたり、話しかけやすい雰囲気を出したり。共感してもらえるような努力をしました。それで3ヶ月後に再度アンケートを取得して、9を得ることができたときはホッとしましたね。その出来事があってから、自分の中の経営者像は大きく変わりました。
——起業したことでお金の使い方は変わりましたか? Appleからの独立ということは収入も大きく下がる気がするのですが。
そうですね、大きく下がったし、何もかも余裕がない状態なので、お金の使い方もシビアになりました。例えば、飲食にはフード・レイバー比率というものがあって、食材原価と人件費が売上に対して何%になるかを厳しく見ていかないといけないんです。それはキッチンメンバーのシフトを組むときにも考慮しなくてはいけなくて。とはいえ、あんまりシフトに入れないと働く意味がなくなってしまうので、配置のバランスはすごく難しいですね。今も試行錯誤しています。
あと変わったのは過ごし方でしょうか。Appleにいた頃は、同僚と飲みに行く機会も多かったんですけど、そういうことにお金を使うことがなくなりましたね。その代わり、家族と過ごす時間を大切にするようになりました。
——時間の大部分を仕事に充てているからこそ、それ以外は家族と過ごすことが増えたわけですね。
はい。むしろ、家族と過ごす以外のアイデアが浮かばないというか。うちは妻も仕事をしているので、一緒にいられる時間はきちんとつくらないといけないなと。それで個人でお金を使うときは、家族に関わるものが必然的に多くなりましたね。
人のため、社会のためにサラダを!
——2016年の起業から4年が経ちますが、社会の変化を感じることはありますか?
そうですね。従業員の健康について考える企業が増えている気がします。例えばGoogleやSaelsforceなどの会社では、マインドフルネス専用の部屋を社内に用意しているらしいんですよ。これってすごいことだと思うんですよね。それがあるからといってリーダーシップが身に付くとか具体的なスキルアップに繋がるわけではないですから。
——確かに。
その人のコンディションに目を向けた取り組みに予算を取ることは、ひとつの時代の流れを象徴していると思いますし、そこに“ユーザーのコンディション改善とパフォーマンス向上ための食事”という選択肢も考えられるようになっていると感じます。というのも、昨年から大手企業にサラドをご利用いただくことが増えていて。例えば、取引のあった都内の大手IT企業にはサービスを気に入っていただけて、今年の2月から今までより数量を4倍程度増やすことはできないかと相談をいただいています。
——4倍も一気に増えるのはすごいですね。
そうですね。そうした大型受注に耐えられるように、2018年頃から1年くらいかけてOEM化を目指した体制づくりも行っていたので、うまく軌道に乗ればいいなと思っています。
——そうした受注が増えたことで売上も伸びているのでは?
おかげさまで来期に通期黒字化が見えてきて、それによって金融機関からプロパーとしてはじめての融資を受けることもできました。でも、今まで箸にも棒にもかからないようなことしかなかったので、感慨に浸っている余裕はまだないですね。常にいつ赤字になってもおかしくないという恐怖感と闘っているので(笑)。
——とはいえ、黒字化は細井さんが目指していた健康経営に取り組む企業が増えていることの証でもありますよね。
そうですね。でも、まだマジョリティの価値観ではないので、これからも人のため、社会のためになると思って啓蒙活動をしていきたいと思っています。それが社会貢献のひとつになると信じているので。
取材・文:村上広大 撮影:玉村敬太